大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(レ)30号 判決 1968年11月04日

控訴人 椿本源太郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 右本益一

被控訴人 古賀秀吉

右訴訟代理人弁護士 黒坂一男

主文

原判決を取消す。

阿倍野簡易裁判所が、昭和四一年一二月二六日、被控訴人と控訴人ら間の同裁判所同年(ト)第四七号仮処分申請事件について、した仮処分決定を取消す。

被控訴人の右事件の仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は主文第一ないし第三項と同趣旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次の通りである。

被控訴人訴訟代理人は、

一、被控訴人は、昭和三二年一二月以来訴外大森安太郎が控訴人椿本源太郎の所有で同控訴人から賃借している別紙目録記載の家屋の南端商品陳列用出窓の外側に在る道路の側溝(幅約〇・二七メートル)上とその南側の公道上に右訴外大森安太郎の承諾を得て、商品置台等を置いて所謂出店を出し、鯨肉、魚貝類の販売をし、その出店の用地として、前記側溝及び公道上の別紙図面の赤斜線の部分を占有して来た。

二、ところが、被控訴人は昭和四一年八月頃妻が病気したため一時商品台等を置いたまま右出店を休業していたところ、その間前記訴外大森安太郎方の西隣で衣料品の販売業を営む控訴人らは、被控訴人所有の商品台の上に自己の商品を陳列し自己らの営業に使用し、被控訴人の再三の要求にも拘らず、自己の商品を取除かないばかりか控訴人が同年一二月一九日右出店の営業を再開しようとして準備に取りかかると、控訴人椿本福子は半狂乱となって被控訴人の前記商品台上に座り込み、或はこれをひっくり返したり、自己の店舗内に引入れたりして、被控訴人の営業の再開を妨害した。

更に同月二一日夜一〇時四〇分頃、控訴人らは被控訴人の前記出店商品台をトラックを以って被控訴人の自宅前迄運び路上に放置し、自分らは控訴人の出店の前記敷地部分に木箱、ベニヤ板製の台及びテーブル式台等を置き、これらの上に毛布を敷いて一家が交互に寝込んで、被控訴人の有する出店の敷地の占有を侵奪し、自ら、これを占有するにいたった。

三、そこで被控訴人は年末のことではあるし、右出店の営業ができなくては生活権を奪われることになるので、自力で控訴人らの右不法を排除し原状に復して出店を再開しようとしたが、控訴人らに雇われた人夫等が付近に屯ろして、これができないので、止むなく同月二四日阿倍野簡易裁判所に対し、控訴人らを相手方として前記の事実を理由に控訴人の前記出店の敷地の占有権を被保全権利とし、「右出店敷地の控訴人らの占有を解いて執行官の占有に移す、執行官は被控訴人の申出により右敷地を被控訴人に使用させることができる。控訴人らは自己が設置した商品台、右台上の商品一切を取除かねばならない、控訴人らに於てこれらを取除かないときは執行官は控訴人らの費用を以ってこれを取除くことができる。控訴人らは右敷地に対する被控訴人の占有及び営業を妨害する行為をし、又は第三者をして右行為をさせてはならない。執行官は本件仮処分決定を適当な方法で公示しなければならない。」との趣旨の仮処分決定を申請したところ、同裁判所は、同裁判所昭和四一年(ト)第四七号仮処分申請事件として審理し、被控訴人の右申請を容れ、同日申請趣旨通りの仮処分決定をした。

四、右阿倍野簡易裁判所のした仮処分決定は、まことに相当であり、控訴人らの異議申立は理由がなく、原裁判所が右仮処分決定を認可したのは適法であるから、控訴人らの本件控訴は理由がない。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

控訴人ら訴訟代理人は、

一、被控訴人が、その主張日時阿倍野簡易裁判所に対し、控訴人らを相手として、控訴人らが、被控訴人が有するその主張の出店の敷地の占有権を侵奪したとし右占有権を被保全権利とする仮処分申請をし、同裁判所が同裁判所昭和四一年(ト)第四七号事件として被控訴人の右申請を容れ被控訴人主張の仮処分決定をしたことは認める。

二、ところで被控訴人がその主張の敷地にその主張の出店を出していたことは、認めるが、その出店は、被控訴人自ら主張するように只単に公道上に商品台を置き右公道と側溝とを利用していたに過ぎないものである。公道は公物である公共用物であってこれに対する私権の行使は許されず、被控訴人のこれに対する実力支配は仮りのものであるから私法上の占有と言うことはできない。従って被控訴人はこれに対する私法上の占有権を有しない。

三、仮りに私法上の占有権を有したとしても、被控訴人は出店を休業した際その敷地の占有権を抛棄した。

仮りに被控訴人に占有権を抛棄する意思がなかったとしても、被控訴人は長期間出店を休業し、当時被控訴人は何時でも出店営業を再開できるような状態でなかったし、その間商品台を公道上に放置したままであったこと、また被控訴人は遠隔の地に居住していたこと、等からして、被控訴人の休業は出店敷地の占有を、従って占有権を失ったものである。

四、そこで控訴人らは昭和四一年八月以降被控訴人の放置した商品台上に自己の商品を陳列して自己の営業に使用し、平穏公然とその敷地の占有を始めたものであって、控訴人が占有権を取得したのである。

控訴人椿本福子が被控訴人主張の日時その主張のように商品台上に座り込んだこと、また被控訴人主張日時その主張のように控訴人らが被控訴人の商品台を同人方前の道路上迄運びこれを路上に放置したことは認めるが、これは被控訴人が控訴人らが適法に取得した前記敷地の占有権に基いて使用していた商品台の明渡を迫り実力で控訴人らの占有を奪取しようとしたので止むなく控訴人らが自衛のために執った措置である。

五、要するに被控訴人はその主張の出店の敷地の占有権を有しないのであるから、これを被保全権利とする被控訴人の本件仮処分申請は理由がないのに被控訴人の右処分申請を容れてなした本件仮処分決定は違法であって、これを認可した原判決は取消さるべきであり、被控訴人の本件仮処分申請は却下さるべきである。

と述べ(た。)

≪証拠関係省略≫

理由

一、被控訴人が、訴外大森安太郎方家屋(別紙目録記載の家屋)の商品陳列出窓の外側に在る道路の側溝上とその両側の公道上(別紙図面の赤斜線の部分)に商品台を置いて出店営業をし、右出店敷地を占有していたことは当事者間に争がないところ、被控訴人がその占有を控訴人らに侵奪されたとし、右敷地の占有権を被保全権利として阿倍野簡易裁判所に、控訴人らを相手として、被控訴人主張の趣旨の仮処分の申請をし、同裁判所は昭和四一年一二月二六日、同裁判所昭和四一年(ト)第四七号仮処分申請事件として、被控訴人の右申請を容れ、被控訴人主張通りの仮処分決定をしたこと、も当事者間に争がない。

二、そこで右仮処分申請の理由(被保全権利)として主張する被控訴人の出店の敷地について、果して被控訴人が占有権を有するかを検討する。

(1)  右出店の敷地が公道の側溝及び公道の一部であることは前段認定の通りであって、所謂私道でないことは明かであるから、これが国道であるか府または市道であるか、或はその敷地が私有地であるか公有地であるかも明かにしうる資料はないけれども、道路法上の道路であることは明かである。ところでかかる道路で、しかも当事者双方の主張自体から認められる本件のような市街地の道路ではその側溝は道路の付属物であることが一般であって、本件では特にこれと異なる事実を認めうる資料はない。従って被控訴人が占有権を有すると主張する出店の敷地は、すべて道路上に在ると言わなければならない。

(2)  ところで道路法上の道路はすべて公共用物であって、道路法第四条は道路敷その支壁その他の物件について所有権の移転、抵当権の設定及びその移転を除いて、私権の行使を許さないことを規定している。私法上の占有権は、占有と言う事実に民法は法律効果を付与して権利として保護するために認められた権利であることに鑑みるときは、被控訴人が出店営業をして事実上道路の一部を継続して独占して使用していたとしても、これは道路法の前記規定を俟つまでもなく、公共用物である道路の目的に反するものであるから、一私人である被控訴人の独占使用は公共上これを阻止し排除すべきものであって、私法上もこれを保護する必要のないものである。従って被控訴人の右道路の一部の事実上の独占使用(事実上の占有)は私法上に於ても占有権の成立を認めることができないものと解するのを相当とする。成程道路法は道路の敷地その他の付属物につき私権の成立存在を否定してはいないが、所有権の移転、抵当権の設定及びその移転を除いて私権の行使を許さないことは前叙の通りである。それ故事実上の物の支配即ち占有と言う事実を基とする占有権は、その権利の発生存続とその権利の行使とを分離することのできない権利であることは前説示によって明かであり、行使のできない占有権の成立する余地のないことは言うまでもなく、道路法第四条の規定からしても、道路上に私法上の占有権の成立を認めることはできない。

三、果して以上の通りとすると、被控訴人の本件仮処分申請は被保全権利が存在しないからその余の判断をする迄もなく、その要件を欠き許されないものであって、被控訴人の申請を容れてした冒頭認定の阿倍野簡易裁判所の仮処分決定は取消すべきであるのに、これを認可した原判決は違法であるから、これを取消し、阿倍野簡易裁判所のした前記仮処分決定を取消し、被控訴人の右仮処分申請は却下すべきである。

よって訴訟費用につき民事訴訟法第八九条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 喜多勝 裁判官 佐藤栄一 吉岡浩)

<以下省略>

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